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更新日:2016年9月20日
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今回の宅地災害の中でも集団移転があり得るのではないかということを含めて記載をしています。現在大規模な被害地が約65カ所に及んでいますが、逐次ボーリング調査をしていて、ボーリング調査で判明した宅地災害の規模が大変広範囲にわたっていたり、地下水の上昇がみられたりすることから、現況復帰が基本ではありますが、今後の宅地保全は現状の調査結果からみて、難しい場所も今後出てき得るということも考えられます。
そうした場合には、地域の方のご意向等も踏まえながらになりますが、集団移転もあり得るということで、今回ビジョンの中に書き込んだということです。
そもそも宅地災害の中でも、集団移転があり得るかもしれないということは、当初の想定の中に事務方としてはあったと思います。例えば、宮城県沖地震の時にも行われ、過去の経緯をみてもありうることでございます。ただ、我々といたしましては、根拠なしにお示しすることはできません。この間にボーリング調査の結果が数字として手元に来る中で、被害状況の深刻な地域が具体的に改めて把握できたということですので、そのようにご理解いただければと思います。
具体的には、先ほどの宅地の集団移転も一つございますけれども、東部地域の皆様といろいろお話しをさせていただいた中で、もう一つ大きな点があります。従前の骨子では、被災された皆様の移転先として、東部道路より西側に集団移転いただき、東部道路と県道亘理線の間は農地にするという考えで試案を示させていただいたところでしたが、様々な方々のお話しを伺う中で、家屋流出が全壊に及んだ地域の方々がほぼ集団移転を望まれたのに対して、東部道路に極めて近い地域の方々としては、なるべく現住地に近いところで、防災の、具体的な方法まではおっしゃいませんでしたけれども、例えば盛り土などをすることによって、何とか現住地に近い場所へ住みたいというご意見が、複数箇所でございました。
私どもとしては最終的には津波の被害が今後どうなり得るかというシミュレーション等を行って、安全性を検証した上で、お話をさせていただきたいと思っていますが、今回のビジョンの中で東部道路東側の直近地については、集落として現住地に集約した上で復旧していくことも可能であるという、一つの選択肢の図柄を入れさせていただいております。そこが住民の方々のご意見と我々の中での、すり合わせの中で出てきた部分です。
実施するにあたって、まだ、予算総額を積算できるまでには至っておりません。一つには産業部分の、例えば中小企業の方々へのいろいろな支援も、盛り込んでいますが、それがどのくらいの規模で行っていくかということについて、まだ十分に我々も予算を煮詰めるまでに至っていないという点がございます。また一番大きな部分として宅地災害の復旧に要する経費は、箇所数が激甚なもので65カ所、被災宅地で危険な場所まで含めると2000戸という状況の中で、まだ積算できない状況でございます。このビジョンを具現化していく必要予算総額は、現時点ではまだお示しできないところでございます。今後、具体の計画作りの作業の中で、早急に予算の積算をしていきたいと思います。
東部地区の中でも特に仙台港を取り巻きます住居と農地と事業所が混在している地域での再生におきまして、農地の法規制の問題と住宅地域の法規制の問題と事業所の法規制の問題というのは、現状ではそれぞれの所管省庁ごとに、いろいろな申請があって用地の目的変更など、それぞれやっていたのでは地域一体となった合意形成のもとで短期間で進めるのは極めて困難だと考えております。特区などによってある程度、地元自治体にフレキシブルな形で土地利用の計画を立てられる、またそれを実行していける制度、枠組みが欲しいということで考えているものです。
農地については、宅地のガレキ撤去がある程度目途がついた段階で、農地周辺の道路の状況もありますが、多分着工が7月末、場合によっては8月の頭くらいになるかもしれませんが、着手したいと考えています。最終的にいつ頃、終了するかについては、まだはっきり固まってはいないところです。
今回の震災における避難所運営について、いろいろな課題があるという点については、全ての座談会の会場でお話がでたと思います。今まで仙台市と住民の方々がやってきた様々な避難訓練は、現実的にはこれから見直しを行って、今回の震災の経験をより生かした訓練にしていかなければいけないというのは、全ての場所でお聞きしました。また、避難所開設に必要な物資、機材、例えば避難所としての最低限の発電設備、夜間のトイレに行くための電気などが必要であるといったいろいろなご意見をいただきました。それは今後の防災計画にも必要なことですので、十分検証しながら新しい避難所のあり方について、考えていきましょうということについては、ほぼ方向性は一緒だという認識があります。
ご意見が分かれた点については、仙台市と被災者の方々で違うというよりもご意見をいただく方々の中でも、地域によってもお気持ちが分かれている部分だと思います。今後の住まいをどこにするかについて、例えば農業を専業で行っている方は、なるべく農地に近いところというのが、第一の課題でありますが、同じ地域で被災されていても、事業を行っている方は、やはりこの際だから移転してもいいのではないかという、ご意見もありました。今後の移転先については、まだまだ皆さんの中でお気持ちが揺れている部分もありますので、そこは私どもとしても丁寧にご意見を伺いながら、お仕事との兼ね合いがとても強い話ですので、少し時間を丁寧にとりながら決めていくべき課題だという認識を改めて強く持ちました。
これからの復興の中で、議会や市民の皆様も一番ご心配な点は、仙台市の財政が今後どうなっていくのかということだと思いますので、我々としては可能な限り、計画に必要な事業予算規模は、お示しをしていく必要があるだろうと考えています。一つ一つの細かい積算ではなくとも、概数が見込めませんと仙台市の今後の財政運営に対して、どの程度の規模でどういう影響を与えるかという議論ができなくなりますので、そこは努力していきたいと考えています。
具体的な場所や、全体的な構成が固まっているわけではございません。この震災の記憶を、後世に伝えるためのメモリアルな施設、また震災の意味を発信していく意味でシンボル的な施設ということで考えていますが、形態や運営など、そのありようについては今後検討委員の皆様や市民の方から、より広範なご意見のもとに作られるべきだと考えております。今回はそのような施設が必要ではないかという可能性について言及しているという段階です。
今回被災を受けられた所で、仙台とは限らず何カ所かでそういう議論が出ていることは、承知しています。私自身は、地域の方々や、被災された方々を中心に、そういうお気持ちをお持ちであれば、ご意見を伺っていきたいと思いますが、私自身の中で、今これを残すべきであるとか、これがあったらいいといった、特定のものがあるわけではございません。
必ずしもそうではないと思います。私が目にした限りですから限られておりますけれども、例えば今回津波を避けるために、人が登って助かることができた、海岸公園冒険広場の頂上部分を残して欲しいという声が利用者の方からあるとお聞きしていますし、地域の住民の方がお世話をしていらっしゃった「小さなお社と木」が小島のように残っているところを、地域の方が大事に思われているというお話も聞いています。いろいろな方の思いがあって、そういった場所なり物なりが、残るということだと思いますので、これを行政が一方的に決めるということではないような気がしますので、これから地域の方のお声を丁寧に聞く中で、ご提案があれば検討させていただきたいと思います。
基本的には東部地域、とりわけ海岸部に近いところは、集団移転がまず第一優先順位であろうという認識に立っているというニュアンスです。宅地災害につきましては、津波被害地域と違い、まずもって原則は現状復帰であるということがあって、ただその中でどうしても難しい土地の形状であるとか、いくつかの土地の条件という場合に集団移転があり得るだろうと思います。つまり、最初に集団移転として考えられ得る地域と、宅地の場合には現状復帰が不可能か、難しいという判断が出た後で集団移転が出てくるという、優先的に考える度合いの違いが、そこの表現にやや出ていると思います。
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