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更新日:2024年10月1日
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※建物の名称については、令和3年12月14日以前に掲載した内容には「(仮称)公園センター」、令和3年12月15日以降に掲載した内容には「仙臺緑彩館」と表記してあります。
青葉山公園は、仙台の礎である仙台城跡を含む青葉山と広瀬川に囲まれた区域について、藩政時代からの歴史・文化資源や優れた自然景観を生かしながら、市民や仙台を訪れた人が親しむことのできる杜の都のシンボルとなる公園として整備を行います。
※追廻地区の中央広場に関しましては、令和5年度に整備し、令和6年度に開園しました。中島池や自然散策広場等に関しましては整備のスケジュールが決まり次第お知らせします。
令和5年4月に仙臺緑彩館及び追廻地区の一部を開園しました。
仙臺緑彩館周辺部の整備計画図(令和5年6月16日更新)(PDF:924KB)
仙臺緑彩館は、青葉山公園・仙台城跡方面への玄関口にふさわしく、来訪者に向けて「杜の都・仙台の歴史・文化」を発信し、青葉山の自然と広瀬川に囲まれた空間で多くの人が憩い、集うことができる施設として整備されました。
仙臺緑彩館は片倉小十郎屋敷があったとされる場所の一角に立地しています。平成24年度から平成26年度までの遺構確認調査により、建物の柱の跡や屋敷火災の跡と見られる廃棄土坑などが見つかりましたが、明治期以降の造成などにより遺構の大部分が既に削平されていたため、片倉屋敷全容の把握には至りませんでした。仙臺緑彩館建設にあたっては、遺構を保護するため、建物の基礎が収まる厚さの盛土を行っています。また、昔の人が歩いたであろう空間の雰囲気を、来館者に体験していただける工夫として、片倉小十郎屋敷で用いられていた6尺3寸という、当時の武家屋敷としては珍しいモジュールを仙臺緑彩館の回廊や情報ラウンジ等に採用しています。
◀回廊
仙臺緑彩館の南側に隣接して「もりの庭園」を整備しました。雨が降ると流れや池が現れる、雨庭となっています。詳細は下記PDFをご覧ください。
平成9年に仙台市指定有形文化財に指定された旧姉歯家茶室(残月亭)を博物館庭からもりの庭園へ移築しました。移築前は外観観賞用でしたが、追廻地区への移築にあたり、茶室として利用できるように整備しました。
残月亭とは、初代仙台区長松倉恂(1827-1904)によって仙台市土樋の屋敷内に建てられ、その後姉歯家所有となって昭和初期と戦後の二度の移築で石巻に移された後、仙台市に寄附されたものです。平成10年に博物館庭へ移築され、令和4年度の追廻地区整備にあたり、現在地に移築されました。「残月亭」は仙台城にあったとされる茶室の名前で、松倉が当時の伊達家当主に名称の使用と扁額の製作を願い出て、許可を受け、命名されました。
追廻地区では仙臺緑彩館の一部及び残月亭を有料施設として供用しています。詳細は下記のページをご覧ください。
博物館庭にあった伊達政宗胸像を仙臺緑彩館の近く、もりの庭園入口付近に移設しました。
1935年に宮城県青年団が仙台城跡の本丸跡に設置した伊達政宗騎馬像の一部です。戦時中の金属供出のため撤去され、戦後の混乱の中、胸から上の部分のみ残りました。作者の小室達は宮城県柴田郡柴田町出身です。現在本丸跡にあるものは、戦後、同じ型から鋳造したものです。
令和6年9月 整備の状況
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